『水車小屋のネネ』津村記久子

水車小屋のネネ

今月の4冊目(2024年:105冊/累計:1,930冊)

津村記久子さんは、何となく気になる作家さんで、最初に読んだのは『とにかくうちに帰ります』で、次に『浮遊霊ブラジル』という変わった小説を読んだ。
もう1冊2018年頃に読んだのだけど、なぜかそれから1冊も読んでなかった。
本屋大賞で第2位に入ったこの作品は、何だかとても気になる本だったので、迷わず買ったもののなかなか読めてなかったのだけど、やっと読むことができた。
読んだペースは非常に重たい。ちょっとずつ読んだ感じだ。
物語の進み方と同じなのかもしれない。

物語が始まるのは、1981年のこと。
今から40年以上前だ。物語とともに、自分の人生を振り返ってみよう。
ちょうど私が大学4年生の年だった。
理佐は高校を卒業して、家を出ようとしているところだ。
母親の恋人が妹の律にDVまがいの行いをしていることを知り、就職して妹を育てようと決意する。
このあたりは、おやおや嫌な物語なんだろうかと疑心暗鬼になり、ページが進まない。

理佐は蕎麦屋に就職して、蕎麦粉を挽く水車小屋に棲むネネというヨウムの世話も始める。
高校を出たての女の子が小学生の妹と暮らすのだから、最初は怪訝な目で見られている。
しかし、二人を取り巻く人たちは、良い人ばかりだ。
二人は新しい生活に馴染んで行く。

この物語の面白いところは、10年毎に進んで行くところだ。
1981年に始まるが、次は1991年、また10年後、更に10年後と進んで行く。
それとともに二人の年齢は一気に10年ずつ進んで行く。
それが絶妙なペースになる。
第2話では律が就職する頃を迎える。
第1話は理佐の視点で描かれているが、第2話以降は律の視点に変わる。
律が就職し、辞めて自分で事業を始めたりする。
律の成長の物語かなと思うと、ネネがだんだん歳を取って行き、環境が変わって行くことを描いているので、タイトルどおりネネが主人公なんだろうかと思うほどだ。

実に淡々と物語は進んで行く。
ひょんなことで知り合い、ネネとも仲良しになる高校生の成長も描かれている。
第4話はその高校生の男の子の旅立ちと別れの寂しさが描かれている。
人生では普通に起こりうる別れである。
出会ったら別れることは必然であり、そんな当たり前の人生をこの物語は淡々と描いている。

あまりに平凡な日常が描かれて、ともすると下手な日記のような物語だったりするから、ちょっとずつしか読めない。
断っておくが、素人が書く下手な日記のような文章ではない。
これを描くのだから、著者の筆力は相当なものだと思う。
何でもないことを描く筆力は、驚くべきかもしれない。

二人を取り巻く善意の人たちが素晴らしい。
この本に付いている栞の裏側には、物語に出てくる一文が記されている。
「自分はおそらく、これまでに出会ったあらゆる人々の良心でできあがっている」
まさにそういう物語だった。
寂しい結末や驚愕なシーンもなく、淡々と続くが、これこそが人生と言うべき物語だった。

毎日新聞出版 2023年3月5日

春風 裕

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